国際結婚の成立、有効性に関する事例について

 

1 ある国際結婚をしたフィリピン人とトルコ人のカップルの行方

 
 ある日の夕暮れ、携帯の着信メールを確認すると、出入国在留管理庁「在留申請オンラインシステム」から審査完了のお知らせメールが届いていました。
 
「以下の申請については審査が完了しました。申請人氏名:カヤ・アリ 申請受付番号・名オンC-0000xx」
 
 安堵感とともに深いため息をついた。
 
「ふぅー 長かったなぁ。」
すぐに顧客には「日本人配偶者等」への在留資格変更が許可で間違いないことを知らせるメッセージを送信した。
瞬時に、アリさんの日本人配偶者、鈴木テレサさんから電話があり、喜びを爆発させた声が届いた。
 
 「先生ありがとうございます。△□〇**。」
もう興奮して、泣きじゃくっていて何を言っているのかわからない。
隣にいた普段は寡黙なアリさんも「ありがとう、トルコでは地震で家がなくなりたいへんだった、おかさんもかぞくもうれしい、△〇**。」
 
こちらもかなり興奮している。
私は「長い間のご協力ありがとうございました。」と落ち着いて伝え、今後のことを説明したあと、電話を切り、私の力量不足で長引いてしまった手続きを反省し、今日までのことを思い返し、問題点を整理することにした。
 
(氏名は仮名、事案には個人を特定できないように変更を加えています。)
 
2021.08.xx  〇△市役所でフィリピン人永住者テレサさんとトルコ人アリさんの渉外的婚姻届出が受理される。
2021.12.xx  アリさんの「永住者の配偶者等」への在留資格変更不許可が通知
2022.4.xx  2回目のアリさんの「永住者の配偶者等」への在留資格変更不許可が通知
2023.4.xx  テレサさんの帰化申請が許可。鈴木テレサで戸籍を編成。
2023.6.xx  「日本人の配偶者等」への在留資格変更許可。
 

2 渉外的婚姻届の基礎とフィリピン人の再婚について

 
2021.08.xx  〇△市役所でフィリピン人永住者テレサさんとトルコ人アリさんの渉外的婚姻届出が受理される。
 
 法の適用に関する通則法(以下、「通則法」という。)第24条(婚姻の成立及び方式)1項に、「婚姻の成立は、各当事者につき、その本国法による。」とあり、婚姻の実質的成立要件は、本国法主義を採用しています。
 フィリピン家族法26条2項には、外国人と婚姻したフィリピン人は、外国において外国人が離婚を成立させ、離婚を成立させた外国人が再婚の要件を具備すれば、フィリピン人もフィリピン法に基づき再婚の要件を具備すると規定されていますが、家族法26条2項の要件を満たす離婚であったことの承認判決を、フィリピンの裁判所から得なければなりません。
 
 しかしこれが極めて困難であります。
 
 例えば、最も権威ある戸籍実務情報誌の一つである『戸籍時報』752号(平成29年4月号)に掲載された論稿では、日本の協議離婚、調停による離婚、フィリピン人が原告となった裁判離婚は、原則、承認されないと断定した上で、特別な事情が存在する場合や、裁判官の知識の欠如故に承認された例など、承認されるのは極めて例外的なものであると述べられています。
 かかる論考にはマニラの判事のコメントが紹介されていますが、「フィリピン人配偶者が、外国人配偶者から子どもを人質に取られて、協議離婚への署名を迫られたというような特別な事情」があれば承認判決を下すこともあるようですが、そのような自由意思を抑圧して成立した協議離婚は日本においては無効になる可能性もあります。
 
 ただし、平成18年1月20日付け民一第128号民事局民事第一課長回答では、日本法上その離婚が有効に成立しているときは、たとえ外国人本国において離婚を認めていなくても、再婚をする妨げとはならない(重婚とはならない)とされています。
 いわゆる先決問題ですが、再婚が有効に成立するか(本問題)を検討する前に、これに先立つ離婚が、有効に成立しているか(先決問題)を確認することになりますが、通則法27条より、テレサさんの離婚は日本法に基づき有効に成立しています。
 

3 外国官憲の婚姻証明書と配偶者に係る在留資格該当性について

 
2021.12.xx 「永住者の配偶者等」への在留資格変更不許可が通知
 
 日本の国際私法に基づき婚姻が有効に成立しても、テレサさんの場合は、フィリピン側の離婚に関する承認手続きが未完であるため、フィリピン官憲からは、結婚の証明書を取得することができません。トルコ官憲も同様の見解を明らかにしています。
 
 配偶者に係る在留資格該当性は、①法律上の婚姻関係が有効に成立することと、②当該婚姻が実体を伴うことですが、この2つの要件と外国官憲の婚姻証明書の存在はどのように関連しているのでしょうか?
 
 フィリピン官憲の婚姻証明書が取得できない事案に関して、法令適用事前確認制度を利用して、「日本人の配偶者等」の在留資格の許可対象となるかについて、令和2年10月12日付の出入国在留管理庁参事官から得た回答では、外国官憲の婚姻証明書が提出できないことに起因して立証不足となることがあり得るのは、①法律上の婚姻関係が成立していることに係る事情ではなく、②当該婚姻が実体を伴うことに関わる事情であると位置付けています。
 つまり、当該婚姻が実体を伴うことを立証さえできれば、在留資格の許可対象となるはずなのですが、アリさんの「永住者の配偶者等」への在留資格変更が不許可になった理由は、当該婚姻が実体を伴うこと、その他の在留資格変更の相当性の要件は全て満たしているにも関わらず、外国官憲の婚姻証明書が提出できないこと、その1点のみでした。
 
2022.4.xx 2回目の在留資格変更不許可が通知
 
 フィリピンでは、新型コロナウイルス感染症の拡大の影響により、ロックダウン(都市閉鎖)が続き、そもそも離婚承認手続きのためにフィリピンへ渡航することも極めて困難な時期であり、当該証明書が発行されないことに合理的な理由は存在していたと思われました。
 しかし、永住審査部門の統括審査官による、不許可理由の説明は、婚姻当事者双方の本国官憲からの婚姻証明書の不提出をもって、各当事者につき、その本国法により法律上の婚姻関係が成立していることが確認できないからとのことでした。
 
 これは地方出入国在留管理局の判断ではなく、本庁に進達した結果であることを知り、愕然としました。
 
 この頃から、日本で婚姻が有効に成立したことは、市区町村長が発行する婚姻届受理証明書の存在で明らかであり、既に子を出産している又は子を懐胎しているなど明確に婚姻の実体が存在する案件に関しても、「配偶者」に係る在留資格は、婚姻当事者のいずれかの本国官憲からの婚姻証明書が提出できない場合には、他の事情が考慮されずに、画一的に全国の出入国在留管理局で不許可処分となっているのではと思える状況になっていました。
 
 子の福祉や家族の結合といった人権を十分に考慮しているのか疑いたくなる審査状況が続いているように思えます。
 
 ある顧客は在留資格変更が不許可になったため不法滞在者となってしまい、処分取消の抗告訴訟で係争中であり、ある顧客は既に帰国してしまい、ある顧客は行方をくらましてしまい、ある顧客は技能実習生から特定技能へ変更し、出入国在留管理庁が配偶者の在留資格該当性に関する見解を変更することを静かに待っています。
 
 そのようななか、テレサさんの選択した道は、日本人に帰化することでした。
 
 なぜなら日本人に帰化することにより、少なくとも婚姻当事者の双方の内、一方の官憲(日本国官憲)からの婚姻証明書(婚姻の事実が記載された戸籍謄本)が提出できるからです。
 

4 おわりに

 
2023.4.xx  テレサさんの帰化申請が許可。鈴木テレサで戸籍を編成。
2023.6.xx   アリさんの「日本人の配偶者等」への在留資格変更許可。
 
 テレサさんが帰化されたあと、すぐにアリさんに「日本人の配偶者等」の在留資格変更が許可されました。
  
 外国人は在留の権利ないし引き続き在留することを要求しうる権利が保障されているものではないと判示したマクリーン判決から40年以上経過しています。
 来日・在留する外国人の数は飛躍的に増加し、外国人との共生社会を目指す、現在の日本において、どれほどの意味を持ち続けているのか、様々な議論はあるとは思います。
 仮に法務大臣には、国益を守るためには外国人の在留の可否に関して広域な裁量権が認められているとしても、日本のルールを守り(日本の国際私法に則り)、日本で婚姻し家族関係を構築し、真面目に日本で暮らしていきたいと思っている外国人に対しては、より人権を考慮した判断を望むところです。
 
 本稿の執筆時点の令和5年8月末において、全国の地方出入国在留管理局での審査状況に変化の兆しが見受けられます。すでに外国官憲の婚姻証明書の存在の有無のみで、「配偶者」にかかる在留資格が画一的に全て不許可になるような審査ではなくなってきているかもしれません。
 個人的には、在留審査に直接携わる出入国在留管理庁の職員お一人お一人が、より人権感覚を研ぎ澄まし、常に人権侵害がないか、救える外国人がいないかを問い続けていただけるようになれば、外国人との共生社会の実現に向けた多くの課題は解決できるものと信じております。