ここ数年間日本国内のフィリピン人の再婚に関しては解釈も運用も混乱を極めている印象を受けます。フィリピンは離婚が認められない国でありますが、昭和63 年施行された家族法の26 条2 項により、外国人との婚姻に限り、外国人が離婚した場合に、フィリピン人にも再婚が認められるようになり、限定的とはいえ事実上離婚が認められるようになりました。
Article 26.
Where a marriage between a Filipino citizen and a foreigner is validly celebrated and a divorce is thereafter
validly obtained abroad by the alien spouse capacitating him or her to remarry, the Filipino spouse shall have
capacity to remarry under Philippine law.
- 第26 条
- フィリピン人と外国人との婚姻が有効に挙行されて、その後、外国において離婚が有効に成立し、外国人配偶者が再婚する資格を得た場合は、フィリピン人配偶者もフィリピン法に従い再婚することができる。(参考訳 1 項は省略してあります)
以上の家族法26 条2 項を念頭に置いていただき、最近の状況をご紹介した上で、疑問点をいくつか挙げたいと思います。
在東京フィリピン大使館により平成24 年10 月29 日に以下の発表がありました。
フィリピン外務省発行の外交通達140-12 に準拠し、在京フィリピン大使館は平成24 年12 月1 日より、フィリピン国への婚姻届に際し、以下の条件が加わることをお知らせいたします。
- 離婚をした申請者は、注釈付き結婚証明書と管轄権を有するフィリピン裁判所から発行された外国離婚 認知判決文を提出しなければならない
- 婚姻無効となった申請者は、注釈付き結婚証明書と管轄権を有するフィリピン裁判所から発行された婚姻無効判決文を提出しなければならない
- 死別した申請者は、死亡した配偶者の死亡証明書を提出しなければならない
(在東京フィリピン大使館日本語版公式サイト)
この中の「フィリピン国への婚姻届に際し」とは、法の適用に関する通則法24 条2 項に基づき、在日フィリピン人が婚姻挙行地法の日本国内法に基づいて、フィリピン人同士若しくはフィリピン人以外の国籍者との婚姻届を日本の市区町村に提出したあと、婚姻届記載事項証明書等を添付して、在日フィリピン公館を経由して、本国フィリピンへ婚姻の事実の報告(Report of Marriage)がなされることを意味しています。
大使館発表の上記3 つのパターンは、婚姻歴があるフィリピン人が、どのように前婚を解消したかで、1. は離婚、2. は婚姻が取消し又は無効、3. は死別した場合に分けられます。本来なら上記3 つのパターンで提出が求められる書類は、婚姻要件具備証明書の交付を求める際に必要とされればよいのであって、すでに成立してしまった婚姻の事実を本国へ報告する際には一般的には必要ないのではないでしょうか。
ところがここ数年、在日フィリピン公館から婚姻要件具備証明書の交付を得るのが困難な状況が続いていたため、婚姻要件具備証明書の交付を得ないで婚姻届がなされた事案が多く想定されているためこのような発表となったと思われます。以下ここ数年の動きを簡単に振り返ってみます。
平成22 年3 月30 日、在日フィリピン公館から、突然、離婚の報告の受理、離婚後のパスポートの姓を旧姓に戻すための申請の受理、婚姻要件具備証明書の交付に関して、本国の方針が決定するまでの間手続きを停止する旨の発表がありました。この発表は平成19 年9 月24 日にフィリピン市民登録総監から全国の市民登録官へ発布された覚書(Memorandum Circular No.2007-008)を受けてのものでした。覚書には、外国での判決又は命令は、それのみで有効性があるわけではなく、フィリピン国内の裁判所にて承認を受ける必要があると記載されており、さらには、オルベシド三世訴訟の最高裁判所判決(平成17 年10 月25 日、G.R.154380)には“ 外国での離婚判決をフィリピンの裁判所にて承認するには、その申し立て当事者は離婚の事実を証明し、またそれを許可している外国法との適合を明示しなげればならない” とありました。
それまでは、日本人と結婚したフィリピン人が離婚した場合を例にとると、離婚の事実の記載のある戸籍謄本を在マニラ日本国総領事館に提出して離婚証明書(Divorce Certificate)取得後、公印確認の認証を外務省で得てから、マニラ市役所を経由して婚姻挙行地の市民登録官に提出すれば、前姻の婚姻証書(Certificate of Marriage)に離婚の事実が付記され、付記された婚姻証書がフィリピン国家統計局(NSO)にも登録されていました。また離婚の事実の付記を登録するまでもなく、在日公館に離婚の事実の報告(Report of Divorce)を行えば、再婚に必要な婚姻要件具備証明書が交付されていました。
在日フィリピン公館には東日本を管轄する在東京フィリピン大使館と西日本を管轄する在大阪総領事館があります。平成22 年3 月30 日の発表は両在日公館より同時に発表されましたが、同年の6 月中頃には、西日本を管轄する在大阪フィリピン総領事館のみが独自の判断で日本国内の公証役場で離婚の宣誓供述をすることによって、停止していた離婚の事実の報告の受理、離婚後のパスポートの姓を旧姓に戻すための申請の受理、婚姻要件具備証明書の交付を再開しました。一方東日本を管轄する在東京フィリピン大使館は手続きを再開していなかったため、混乱に拍車がかかりました。
そこで在東京フィリピン大使館側は平成22 年9 月9 日に新たな方針を発表して、再婚を希望する在日フィリピン人に対して、大使館内で離婚の事実について宣誓供述する事によって、CNO(Certificate of No Objection)と呼ばれる証明書が交付されることになりました。CNO には日本語でこのように記載されていました「フィリピン共和国大使館に提出された宣誓供述書及び提出書類により婚姻に関する異議申し立てがないことを証明する」。
婚姻要件を具備していることを証明するとは記載されていないのですが、婚姻要件具備証明書として扱われ、婚姻届の際に添付すれば受理照会もなく受理され、その後本国フィリピンへ婚姻の事実の報告も可能でした。
平成22 年8 月11 日には新たな最高裁判決(Corpuz vs. Sto.Tomas and the Solicitor General G.R.No.186571)が出ました。前述のオルベシド三世訴訟の最高裁判決(Orbecido Ⅲ vs Republic of the Philippines G.R.No.154380)を踏襲していますが、さらに踏み込んでフィリピンの裁判所で承認判決を得ないで登録された離婚は明白に無効であり、いかなる法的効力も生じさせないと判示されました。
平成23 年10 月28 日には在東京フィリピン大使館より新たな発表があり、CNO の交付は突然廃止され、それに代わり証明書(Certificate)が、離婚認知判決文を提出できない離婚者に一回のみ発行されるようになりました。
この証明書には日本語でこのように記載されていました 「現在離婚状態であると宣誓したことを証明する。当人は、フィリピン国民と外国人とが有効に婚姻をし、その後外国人配偶者によりフィリピン国外において有効に離婚成立が得られ再婚できる法的資格を与えられた場合、フィリピン国法においてそのフィリピン人配偶者についても再婚できるとするフィリピン家族法26 条2 項(昭和62 年7 月17 日公布の大統領令第227 号により改正)の要件を満たすことを証明する。本証明書は日本国内において一回限りの使用が可能であり、発給日から120 日以内有効なものである」。この証明書にも婚姻要件を具備することを証明するとは記載されていませんが、CNOと同じく婚姻要件具備証明書に代わる書類として婚姻届に添付すれば婚姻届が受理され、同じく婚姻届記載事項証明書等を添付して本国フィリピンへ婚姻の事実の報告が可能でした。
以上の経過を少し整理すると、フィリピンの裁判所の離婚認知判決文を得なくても婚姻挙行地を日本とした場合に婚姻が認められた事例として、CNO を添付した場合、証明書を添付した場合、両方添付しないが家族法26条2 項に基づき再婚の要件を満たしていることをその他の資料で立証できた場合など考えられますが、それらのすべての婚姻に関して、平成24 年12 月1 日からは、本国フィリピンへの婚姻の事実の報告が認められなくなったのです。
疑問を感じるのは、二つの最高裁判所判決で外国での離婚判決はそれ自体で有効ではなく、フィリピン地方裁
判所の離婚認知判決文が必要とされた後も、同判決を得なくても、再婚に必要なCNO、証明書を交付し、少なくとも昨年12 月1 日までは本国への婚姻報告を受け付け、フィリピン国家統計局にも後婚の登録がなされていたという事実です。つまり最高裁の判決と婚姻離婚にかかわる行政事務手続きが乖離していたということです。
前述の平成22 年8 月11 日の最高裁判決、「フィリピンの裁判所で承認判決を得ないで登録された離婚は明白に無効であり、いかなる法的効力も生じさせない」と整合させると後婚は全て無効となるはずであります。しかし再婚後からでも前婚の離婚認知判決を得ることが現在でも可能であり後婚が無効とはなりません。フィリピン法では重婚は無効であるため、後婚が重婚と解釈されるならば、後婚は有効とはなり得ません。
よって外国での離婚の法的効力は、フィリピン法においてフィリピン人に対しても、少なくとも当事者間においては外国での離婚の時点で既に有効であり、その時点で夫婦間の義務から解放されるのであって、離婚認知判決を得た時点からではないはずです。
簡単に離婚認知判決が得られるのであれば、混乱はしませんが、多数の離婚認知裁判は遅々として進まず、また「離婚の事実を証明し、またそれを許可している外国法との適合を明示されていない」との理由で棄却されている事例も多くあります。平成22 年8 月11 日の最高裁判決ではフィリピン家族法26 条後段について「外国人配偶者が再婚できるようになっていても、残されたフィリピン人配偶者だけが再婚できないという不合理を回避することが立法の趣旨である」とも説明されていることであり、フィリピンの裁判所は立法の趣旨を尊重し速やかに離婚認知判決すべきであると思われます。
家族法26 条2 項について、本来なら解釈の問題ではなく、フィリピンの立法府が法改正のために動かなければならないと思いますが、フィリピンではカトリック教会の政治的影響が強力なため、離婚問題を議論すること自体が最大のタブーであり、フィリピンの離婚・再婚に関する家族法制は玉虫色で混乱はまだまだ続くものと思われます。紙幅の都合上このあたりまでとさせていただきますが、大方のご教示を賜れれば幸いです。
※(本文中の離婚認知判決とはJudicial Recognition of Divorce の訳です)